日々是


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夜中にふと目を覚まして時計を見ると、4時44分だった。
朝、緑茶を飲もうとすると、湯呑みにひびが入っていた。
出かけようとすれば黒猫が目の前を横切り、和装して歩いていれば鼻緒が切れる。
俺はジンクスなど信用しない性質であるから、そのような事態が発生しても大抵気に留めなかったし、実際不幸が起ころうとも、ジンクスと結びつけるような真似はしなかった。
縁起担ぎが何だ、馬鹿馬鹿しい。
そんなものに振り回されて、己を見失うような俺ではない。
だがしかし、それらの現象が最近頻繁に起こるとなると、少々気にもなってくる。
とはいえ、別段不幸との関連性が明確であるわけではない。
マイショップで安値の品を見かけて購入を試みれば、まず間違いなく誰かに先んじて買われ、瞬間1dd商法には一度だけ挑戦したものの大いに騙され、気紛れに宝くじを買っても当った試しがなく、昨年の靴下の中身は博士の黄金像だった。島に余りある圧倒的な存在感に、飾るに飾れず難儀した。
うっかりパークで/randomの呪文を唱えれば必ずと言っていいほどモンスターのいる地に辿り着き、這這の体で逃げ出す羽目になるし、GLL城の地下で暢気に笑っている生活習慣病が心配なメタボピグミーは、同じくらいぷくぷくに太ったフウセンコガネをいくら献上しようとも、10ddより多い金額を出してくれたことがない。
まあ、大体その程度だ。
恋人はおろか、友人と呼べる者などいないと言えば、他人から哀れみの目で見られることもあるが、必要性を感じないだけであって、俺は断じて不幸ではない。
湯呑みや飯椀を新しいものに取り替えるたびに数日中にひびが入るなり欠けるなりすれば、正直不便以上に懐が辛い。それが俺の不幸なのか。
否、違うに決まっている。
俺は不幸でも、不運でもないはずだ。俺が信じずに誰が信じる。
「ちょいと、そこの不幸そうな君」
まるで路上にひっそりと明かりを灯して潜んでいる易者のような呼びかけに、俺は放浪中の足を止めた。
ここで己のことだと思ってしまうのは、自分で自分が不幸なんじゃないかと考えているからというわけでは絶対になく、単に現在この島にいるのが自分一人だから、というだけである。
声の方向を見れば、誰もいない。
人の心を読む幽霊か何かかと思ったが、この世に幽霊などいるはずがない。俺にしては随分と非現実的なことを考えたものだ。
「君だよ、黒いジュラファントの君。官帽を目深に被っている」
改めて聞くと、声は上から降ってくるように思われた。
よくよく見れば、呼びかけてきたのは上方に浮いていたモチコマである。
「何だお前は」
「何だ、とは失礼な御仁だ。その上お前とは」
夫婦の仲でもあるまいに、と続けられ、からかわれているとしか思えない返答に、俺もついむっとした。不機嫌な声で返答する。
「初対面の相手に第一声で不幸そうだなどと形容されて、機嫌良く返すやつがあるか」
「おお、それは失礼した」
モチコマは一度謝ったので、それ以上追求はせずにいようと考えたが、
「つい見たままを言ってしまった」
とぺろりと言われて撤回した。
「悪かったな、不幸そうで」
上空のモチコマを睨みつける。
そもそもどうして俺が不幸そうなのだ。
黒ずくめで喪服のようだと言うのなら、他にも黒ずくめのリヴリーは数多いる。
黒髪、黒目、黒外套。
白のシャツは外套の下に隠れていて、今は見えない。
黒いズボンに黒い靴、陰気と言うなら笑えばいい。
「君は今、不幸なのかい」
「格別、不幸というわけでも幸福というわけでもない」
「ああ!それを不幸というのだよ」
モチコマは間髪入れずに断言する。
「不幸という字はさちにあらず、と読む。自らを幸福だと思えないことこそ、不幸なのだよ」
見ず知らずの相手に哀れまれた。
「あんたは何者だ。宗教にでも勧誘する気か。用がないならやめてもらおう」
「私はただのモチコマだよ。宗教家でもない。さりとて君に用もないが・・・そうだねえ」
くるり、とモチコマは一回転した。そしてとんでもないことを言い出した。
「そうだ、君、私を買わないかね」
「買う?」
「マイショップ売買、というやつだ。私はアイテムだからね。売られることも、買われることもできるのだよ。そうして島を転々とする」
モチコマはその高度を少し下げると、俺の目線の高さでもう一度くるりとした。
「ねえ、君。私は幸福を呼ぶモチコマだよ。私を買ってくれたら、私は君に売られない限りずっと君の傍にいる。そうしてきっと、君をふしあわせから救ってあげよう」
それこそ宗教家のようだ、と思った。どちらかと言えば、それは求愛の言葉のようだった。同時に、里親に何とか引き取ってもらおうとする、哀れな孤児のようであるようにも思われた。
断る、と言おうとしたのに、言葉が喉につっかえて出てこない。
俺の目を見つめるモチコマの目は、冗談を言っているとも思えぬほどに、真摯であった。
「それにね、私も金儲けの道具に使われるには、些か辟易しているのだよ」
一瞬、モチコマの目に悲しみの淡い色が走った。
それはアスファルトに落ちた淡雪のようにすぐに消え、元には先程と同じ、飄々とした表情が残っている。
「君なら大切にしてくれそうだ」
「何を根拠に。俺だって、あんたを売り飛ばすかもしれんだろう」
「その時はその時さ。私に見る目がなかっただけだ」
「そもそも、どうして俺なんだ。放浪に訪れるリヴリーは日に何十匹もいるだろうに」
「うむ、それなんだがね。私にも、どうして君なのかわからんのだよ」
まあ、一目惚れというのは、本人にも理由がわからないことが多いからねえ、などということをけろりとした顔で言う。
言い終わったモチコマが俺の顔を見て笑ったから、俺はあからさまに呆れた顔をしたのだと思う。同性と思しき謎のモチコマに惚れられても嬉しくはない。
「私に言えることは、君は確かに不幸そうだ」
笑いを収めたモチコマは、少し顔を近づけて、俺の瞳をじっと覗き込むと、どこかしみじみと口を開いた。
「だがね、いい目をしているよ」
それだけ言って、モチコマは再び上方へと浮き上がった。
何がいい目をしている、だ。
人のことを不幸そうだと散々扱下ろしておいて、馬鹿にするにも程がある。
俺を幸せにするだなどと、そんなことが他人にできるものか。
そう易々と幸せは手に入るものではないし、そもそも幸せを呼ぶモチコマなど、見え見えの悪徳商法そっくりだ。幸せを呼ぶ花瓶とどこが違うのだ。
それなのに、どうしてこんな気を起こすのか自分でもわからない。
俺はしばらく無言で立っていた。モチコマも何も喋らなかった。
島主が帰ってきたとき、俺はまだ島にいた。
俺は彼に歩み寄ると、あのモチコマを買い取りたいと願い出た。
島主はマイショップの売買を生業にしているマダラカガだった。
彼は持ち前の大きな目を、笑うようにぎょろりと動かして取引に応じた。
俺の所持ddなどたかが知れているから、取引は主にアイテムの交換という形で行われた。
幸い、長年大事に持っていた針葉樹の島が高値で売れた。
多くのアイテムが売り払われ、博士の黄金像も相手の手に渡った。それが相場の値段だったのか、安かったのか高かったのか、俺にはよくわからない。
そうして、俺は彼からモチコマを引き取った。
俺の島に来たモチコマは、喜ぶよりも、島を珍しがるよりも、俺をからかうよりも先に、すまなそうな顔をして俺に謝った。
「きっと私の値段は、おそろしく高かったろう。あの人は抜け目がないから、きっと正規の値段よりも少々高くついたはずだ」
「全くだ。貴様のお陰で、財布もアイテム欄も軽くなった」
「そうか、すまないね」
「おう」
「ありがとう」
俺は静かに頷いた。
謝って気が済んだのか、ようやくモチコマが笑顔を見せる。
「しかし君ときたら口が悪い。お前からあんた、とうとう貴様に昇格か。お礼に良いことを教えてしんぜよう」
何かと思ったら、モチコマは俺の傍にずいと寄り、妙に嬉しそうにこう言った。
「私の名前はゼンザイという」
それだけだった。
少々期待が外れたが、これからこいつをこの島に居候させるのだ。名前を知っておいて損はない。
「名字か?和名の響きだな。漢字はどう書く」
「ヨキカナ」
モチコマは、ゼンザイはくるりと回って見せた。
「善哉、と書くんだよ」
目出度い名だろう。そう言って善哉はふわっふわっと笑った。
名字ではないとも言った。そういう名前なのだそうだ。
自分だけ名乗らないのも何なので、俺も帽子を取って自己紹介をした。
「俺はウイロウという。内外の外に、太郎の郎で、外郎だ」
「そうか、良い名だ」
善哉はそう言って、また柔らかくふわっふわっと笑った。
「ああ、楽しい。お互い名乗りあっただけなのにねえ。こんなに心が浮き立つのは久々だよ。商売品と見られないことは良いことだ。私と君の縁と出会いに乾杯したいものだね。外郎、この島に甘酒はあるかな?」
「そんなものあるか。しかもいきなり呼び捨てか。居候の身で贅沢を言うな」
「仕方ない。では甘酒なしで乾杯しよう。楽しいことは善きことかな!」
フィギュアスケートの選手のように善哉は幾度も回転して、延々とそれを続けた挙句、目を回して空中でよろけていた。
何をやっているんだとつっこめば、じゃあ君もやってみたまえ、と返されて、誰がするかと拒否しておいた。俺もよろけることは目に見えている。
善哉がまた笑った。俺も少し笑った。俺は座り込んで善哉を見上げた。
今度は逆回転を始めた善哉を眺めながら、そういえば、と思い出す。
俺も誰かと笑ったのは、随分久々のことだった。

 

 


 

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