tick tick ticker


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時計が動かなくなりました。
リヴリーにとっては大きめの、丸いかたちをした時計でした。
かち、こち、と聴こえていた優しい音は盲目のティカーにとっては数少ない慰めでしたから、彼女の胸の奥にはひどく寂しい思いがぽつんと生まれて、ちいさな灯りのように揺れていました。
裏庭からそっと出て、島の表側へ、クランクレムの元へと歩み寄ります。
「・・・あ、の」
声をかけるにはすこし、勇気が必要でした。
(・・・クランクレムさんは、気をわるくしてしまうかも、しれない・・・)
(・・・で、でも、このとけいは、わたしには、ぜったいに、直せない、もの)
(だけど、クランクレムさんなら・・・もしかしたら、もしかしたら・・・)
ほそいほそい小さな手で、時計をきゅっと握りしめます。
島の支配者である少年はティカーに気付くと、おや、という顔でティカーの手の中のそれを見ました。
「あれ、壊れちゃったの」
「そう・・・です」
まだ怒っていないみたい、とティカーは声音で判断しました。
超音波で周囲のことはわかるけれど、表情まで区別はつきにくいのです。
おずおずと時計を差し出そうとすると、きちんと差し出す前にクランクレムが手を伸ばしてきて、手の中の重みがなくなりました。
「ふうん」
クランクレムは針の動かない文字盤を見て首を傾げます。
軽く振りました。何の音もしません。
「電池でもなくなったのかな」
言って時計を引っくり返します。
指先で裏板をすっと辿ります。電池を入れる為のフタは見つかりません。
「ああ、この時計、電池を交換できないんだ。これじゃ駄目だね。直らないよ」
あっさり言って時計を返したのは、ティカーの反応を見るためでした。
見ればティカーは可哀相に、すっかり困って落ち込んでいます。
ふんわりした尻尾までたらして笑いたくなるほどしょげていて、白く長い前髪をかき分ければ、存在しない目から静かに涙が落ちるんじゃないかと思うほどでした。
面白いなあ、とクランクレムは思いました。
彼は他の人の前では猫を被っていましたが、少々(いえ、かなり)意地の悪いところがありましたから、もう少しティカーをいじめてみたくなりました。
本当はティカーのしょんぼりと下がったがりがりに痩せている肩をつかんで、地面に強く引き倒して、ついでに羽の付け根の辺りを蹴ってみたりもしたかったのですが、残念ながら彼は非力なので、疲れることはあんまりやりたくありませんでした。
他に面白いことはないかなと思って考えて、思いついてにこりとします。
(今から僕が出かけたら、こいつは何の音もしない島に、帰ってくるまでひとりぼっちだ)
ティカーはとても臆病なのです。


クランクレムは出かけていき、取り残されたティカーはしょんぼりと、島の隅でうずくまっていました。
何の音もしません。
あの優しい、かち、かち、という音がしないのです。
こんな日に限って島は無風で、草木はかさりとも音を立てませんでした。
ひとりぼっちなのが寂しいわけではありません。
それは、彼女にとっては当たり前のこと。
ただきょうはとけいが、いつも聞こえているむきしつなのにあたたかいとけいのおとが、とけいやさんのあのおとが、
「こんにちは」
声がして、物凄い勢いでティカーは飛び上がりました。
こんなに静かな島なのに、考え事に没頭していて、誰かが来たことに気付かなかったのです!
ティカーはわたわたと物陰に隠れようとして、木の根っこにつまづきました。
ずべっ、と頭から転びます。すごく痛いけれど、それどころではありません。
「大丈夫?」
上から声が降ってきて、ティカーは慌てました。
手を差し伸べられて掴まれて起き上がりはしたものの、ティカーはもはやパニックに近い状態です。
何やら話しかけられ、元気が出るようにと手渡されたキャンディーを受け取りますが、何をしているのか、自分でも良くわかっていません。
「あれ、この時計、壊れてしまっているんだね」
その上時計も拾ってもらってしまったらしいのです。どうしたらいいのかわかりません。
「図々しいかもしれないんだけど・・・」
目の前に人がいます。怖くて、怖くて、体が固まってしまいます。
ああ、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようもない!
「蓋を開けて、異常がないか調べてみてもいいかな?ちょっとした故障なら直せると思うし」
今、なんて。
ティカーはぱっと顔を上げました。
超音波が長身の男性の姿を捉えて、また怯えてびくりと下を向きます。
怖い。怖い。
(・・・で、も・・・このひとは、とけいを直せるかもしれないと・・・言って、くれた)
(もしかしたら、ほんとうに・・・とけいを、直してくれる、かも・・・しれない・・・)
長い沈黙と迷いの果てに、ティカーは声を絞り出しました。
「・・・お、おねが・・・」
自分でも声になったかわかりませんでしたが、訪問者はきちんと聞き取ってくれたようでした。
彼は手にしていたトランクを開けると、小さな工具箱を取り出しました。
芝生の上にシートを広げ、その上に時計を置いて、小指くらいの長さの工具で分解していきます。
裏蓋を外し、軽く吹いて埃を払い、超音波では全くよくわからない細かな構造をじっくりと観察します。
ティカーは、知らない人と向かい合わせに座っているなんていうことがほんとうにほんとうに怖かったのですが、時計のことが気がかりでした。
もしもこのまま直らなかったら、時計は捨てられてしまうかもしれないのです。
クランクレムには逆らえません。
彼が一言、動かない時計なんかいらない、と言えば、ティカーは時計を手放すしかないのです。
ティカーは逃げ出したいのをいっしょうけんめい我慢して待っています。
永遠にも思えるような長い、けれど本当は短い時間が過ぎました。
「歯車に異常はないから、内部のボタン電池を換えればちゃんと動くよ」
やがて、彼は、工具を片付けながらそう言いました。
「今は電池を持っていないから、預かっていてもいいかな?ちゃんと直して、今日中に返しに来るよ」
反応のないティカーの、存在しない目をのぞきこむように彼は言います。
「時計がないのは、寂しい?」
ティカーは首を横に振りましたが、訪問者は違う意味に解釈したようでした。
「胸に手を当ててみてごらん」
優しい声の調子で言われて、ティカーはおずおずと胸に手を当てます。

とくん。

とくん。

微かで確かな、音がします。
それはまるで時計のようで、怯えるティカーを優しく包み込んでくれます。
「時計が元気になるまでは、君の命の時計が、君を元気にしていてくれるから」
怖さは少しだけ、和らいでいました。


島に帰ってきたクランクレムが見たものは、裏庭の隅できゅーっと小さく丸まって、自分の胸に両手を当ててじっとしているティカーの姿でした。
(なんだろう、これ)
その姿は何とも言えず、例えるならば、何か変な人形みたいに見えました。
大事そうに持っていたはずの時計は見当たらなくて、代わりにキャンディーの包みが幾つか置いてあります。見覚えはありません。
「誰か来たの」
問えばこくこく、と頷かれます。
それだけでした。
期待していた反応とは違います。
「ふうん」
ちょっと不機嫌な顔をして、まるで当たり前のようにティカーからキャンディーを奪うと、クランクレムは包み紙を剥がして自分の口に放り込みました。
薄茶色のキャンディーは、甘い甘い、ミルクティーみたいな味がしました。

 

 

お子様お借りしました! (ジャノメさん宅クランクレムくん、ティカーちゃん)
この小話とお借りしたお子様やその飼い主様は、飼い主様が「これきっとほんとにあったことだよ!」と認定しない限り、一切関係ありません

 


 

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